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  第98号 平成30年(2018年)121日発行





巻頭


老(おい)の日にまで 戒(いましめ)あるは幸いなり

正信(しょうしん)の 堅く樹(た)つは  さいわいなり

智慧を得るは  さいわいなり

悪しきを作(な)さざるは  またさいわいなり


                            (法句経 333)
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◇新:法句経講義56◇

<※「新・法句経講義」は、巻頭ページ掲載の法句経について解説しています。>

 最近、年配者の乱暴な振る舞いが話題になっています。電車の席を、若者から
無理やり奪い取ったり、接客の対応がまずいと大声で怒嗚ったり、昔なら若者の
特技だったような行動を、年配者が行なっているというのです。
 確かに、郊外行きの電車に乗った時、年配者の集団が大声で呼び交わしていて、
とても同じ車両にはいられなかった-なんてこともありました。あるレストランで、
乱暴な言葉で苦情を言っている年配者を見たこともあります。
 年をとると、社会の現状と自分の価値観が合わなくなってくるものです。自分
の常識が通用しなくなってくる。それが許せない我慢ならないというのも、分か
らないではありません。もっと悪いケースでは、「これだけ生きて来たんだから
社会の約束ごとなんてどうでもいい」と開き直る。これではどうにもなりません。
 年をとっても、いや年をとったからこそ、我が身を戒め、正しく生きようと心
がける姿勢が、今求められているように思います。豊かな実り多い高齢化社会を
つくり出すのは、高齢者自身でもあるはずです。自らの生き方を見つめながら、
しっかりと毎日を歩む。そこに、老いの日の幸いもあるように思います。


  叙 景    表紙を語る

 雪が降る、それも冬の風物詩。もちろん、あまり降り過ぎるのも困りますが、
適当に降ってくれれば、雪もうれしい冬のプレゼントです。
 とりわけ街に降る雪は、見慣れた街をおとぎ話のように変身させてくれます。
汚れのない、音のない街。それは、大人の心もワクワクさせてくれます。
 表紙の写真は、20年近く前、東京の郊外・調布で突然降りだした雪を撮った
ものです。大きなボタン雪はどんどん積もって、たちまち「大雪」になった記憶
があります。

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 主管所感 >

新しい文字文化               友松 浩志


 このごろ電車に乗ると、ほとんどの人がスマホに熱中している。7人がけのシートの端
から1人2人と数えていくと、全員がスマホをいじっている時もある。いったい何を見て
いるか分からないが、たいした売れ行きである。
 少し前だと、7人がけの半分くらいは居眠りをしていて、そのまた半分くらいは新聞か
雑誌を読んでいたように思う。居眠りをする人は確実に減り、それ以上に新聞や本を読む
人が減った。駅のスタンドに積み上げられた新聞の姿ももうない。新聞社が窮地に陥って
いるのは確実である。
 私は、電車に揺られていると眠たくなる。だから、たいていは眠っている。たまに、目が
開いている時は、本を読む。まったく、古い古い人間になった。眼もだいぶ悪くなって
 (つまり老眼が進行して)スマホの画面を見るのが苦手である。スマホの画面に向かって
拡大鏡(天眼鏡?)をかざすのもこっけいだから、結局車内では、本を読むことになる。
 本を読むのは好きな方で、何でも読む。読むのがゆっくりだから、けして多読にはなれ
ない。とは言え、いつも読んでいるから部屋のなかは本でいっぱいになる。地震の揺れが
大きい時は本の下敷きになる運命にある。
 本を読むのが好きな人は、「本を読むのはいいことだ」「あの本はいい本だ、この本が
おすすめだ」とうるさく言うが、私はそんな気にさらさらならない。本など、勝手に読めば
いいと思う。演歌が好きな人に演歌をすすめられても、聴く気にならないのと同じで、
好きな本は自分で見つけて、好きな時に読むのが一番いい。
 スマホのことだって、批判したいのではない。ある人に言わせると、新しい文字文化の
時代なんだという。電話の時代は、文字なしの言葉の時代。メールやラインの時代は、
新たな文字の時代である。「印刷術の発明」は世界を大きく変えた。スマホは、新しい世界
を開くきっかけになるかも知れない。お寺でも、スマホを見ながらお経を読む、そんな日が
目の前にせまっているように思う。そろそろ新しいメガネが必要である。


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夏の思い出
 ― お泊まり保育を楽しむ ―

 神田寺幼稚園、真理学園幼稚園ともに、2学期のおしまいに真理学園幼稚園の園舎で、
年長児の「お泊まり保育」を実施しています。友だちと一緒にカレーをつくったり、森に
探検に行ったり、プールあそび、おばけ屋敷などなど、楽しい思い出をつくっています。
下の写真は、恒例のスイカ割り。目隠しをされてクルリとひと回りさせられると、
どっちへ行ったものやら。友だちの歓声をたよりに進んでいって棒をひと振り。とんでもない所をたたいて、また大騒ぎ。親元離れ友だちとすごした思い出は少し心細かった分、忘れられない思い出になるようです。

△ そこにスイカあるのかな?



◆日除けスクリーン設置◆

 今年の夏も、大変暑い夏になりました。暑さ対策、熱中症対策について、真剣に考えな
くてはならない状況のなか、真理学園幼稚園のテラスすべてに今夏、日除けスクリーンを
設置しました。明るい光を取り入れるため、テラスのひさし全てがガラス製ですが、夏には暑さの原因になります。夏ごとに工夫してきましたが、今年の夏は限界を越えた暑さとなり、思い切って全面に日除けスクリーンを緊設置したところ、室内の暑さを大分おさえることが出来ました。

△ テラスに張られた日除けスクリーン


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仏教豆知識 76

 摩訶

 摩訶(まか)と聞いても何だか分かりませんが、摩訶不思議と聞くと「あーあのマカ」
かと思いあたります。意味は、「大きい」とか「非常に」とか「偉大な」といった意味で
摩訶不思議とは、とても不思議ということです。
 この摩訶はサンスクリット語のmahaを音写したもので、マハーは「偉大な~」という
形でよく使われます。般若心経にも「摩訶般若波羅蜜多心経」(まかはんにゃはらみったしんぎょう)と、敬称のように摩訶を最初につけます。大きな嘘のことを、「まっかな嘘」と言いますが、
これも「真っ赤な嘘」ではなく、「摩訶な嘘」ではないかという説があります。
 日常の日本語のなかに、あたり前のようにインドの言葉がまぎれ込んでいる-これも、
摩訶不思議なことです。


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