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  第89号 平成27年(2015年)121日発行



巻頭


身に 語(ことぱ)に 意(おもい)に
悪を作(な)すことなく
この三(みつ)の処(ところ)に
心 ととのうるもの
われ彼を 婆羅門(ばらもん)と謂(い)わん
                          (法句経 391)


◇新:法句経講義47◇
<※「新・法句経講義」は、巻頭ページ掲載の法句経について解説しています。>

 「身」は行ない、「語」は言葉、「意.lは思いのことで、この三つを整えること、
正しくすることが、仏教徒の目標・理想とされます。この三つは三業(さんごう)と言われ、
「身口意」(しんくい)の三業とも言われます。
 「身を正す」というのは、身体の形、姿勢を整えることから始まって、行動・所作
全般を正していくこと。「言葉を正す」というのは、正しい言葉づかい。口は災いの
もとですから、相手に不快感を与えない言葉を使うことも大切です。「思いを正す」
というのは、さらに大変なことです。何を考えていても、何を思っていても、誰にも
分からないかも知れません。でも、それでは正しい行動は生まれません。思いが人の
行動のもとになります。
 随分難しい課題がならんでいるようですが、僧侶の修行法として、「一掃除、二勤行、
三学問jというのがあります。一番目はまず身のまわりの掃除、二番目はお勤め(読経)、
三番目は勉強という方法です。まず身辺を整え、お経を読んで正しい言葉をとなえ、
学びのなかに心の向上をめざす― というのです。
 それぞれの生活のなかで、それぞれの実践が求められています。

仏教豆知識 67

 三昧

 三昧(さんまい)は、物ごとに集中する様子を言います。読書三昧、釣り三昧、仕事三昧、
最近ではスマホ三昧。そればっかりしている状態です。もとはインドの言葉(サンスクリット)の
サマーディ(Samādhi)を漢字に写した言葉で、心を一つの対象に集中することを言い
仏教の大切な修行法の一つとされます。仏教は、「瞑想の宗教」と言われますが、まさに
瞑想の第一歩が三昧です。昧(まい)という字は、「味」と紛らわしい字ですが、ここでは
漢字としての意味はありません。ちなみに「昧」とは、日が出る前の暗い状態を指す言葉
で、「三昧」以外にはあまり使われない字です。



 主管所感 >

学校の責任       友松浩志


 今年の6月、宮城県石巻市の大川小学校を訪れました。教職に携わる者として、東日本
大震災の被災地で、最も気にかかる、弔問に訪れたい場所でした。津波により、児童74名
教職員10名の生命が一瞬にして失われた場所。戦争以外で、これだけの被害が集中した例
はないのです。
 あの3月11日の午後、大川小学校でも下校の時刻を迎えていました。帰りの集会が終わ
った頃、強い揺れを感じます。子ども達は上履きのまま、校庭に出ます。何人か家族が迎
えに来て帰宅。残った児童は78名。遠くから通っている児童のため、スクールバスも待機
していました。その間に、大津波警報が出されますが、なかなか避難の指示が出ません。
校長は年休で不在。教頭以下、教職員の協議が続きます。雪もちらつき始め、子ども達は
震えながら校庭で待っています。そして約50分後、避難を開始したところへ、10メートル
近い津波が押し寄せてきたのです。
 なぜもっと早く避難を開始しなかったのか、なぜ目の前の山に登らなかったのか、現在
法廷で争われている問題に、ここでとやかく言うことは出来ません。ただ、学校が地域の
避難場所に指定されていたこと、家族の迎えを待ったことなどが、裏目に出たのは確かな
ことだと思います。
 学校の管理下にいる子ども達は、すべて学校の責任で守られる。当然のことです。でも
保護者の判断が気にかかる。保護者への引き渡しを優先しようとする。高台の幼稚園から
海岸に向かって「帰りのバス」を発車させた判断もそこにあったように思います。でも、
大規模災害時には、保護者も自分の生命を守るのに必死なはずです。そんな時、保護者の
判断を待つ必要はない。保護者を待たずに、学校の判断を実行する。
 あの時、もし大川小学校の児童が早めに避難を始めていたら、あの地区の人たちも避難
を始めて、多くの生命が救えただろうという意見があります。ガレキも撤去され、学校の
廃墟以外何もなくなった荒地に立って、無念の思いが一層深まりました。

圓諦忌43回忌法要
- 記念講話でその業績を振り返る -
 11月16日、神田寺の先々代主管・友松圓諦師の43回忌法要が行なわれました。当日は、
檀信徒の皆さんや以前神田寺に奉職して下さった方々約40名が集まって下さり、はじめに
全員で、神田寺勤行式で聖歌・読経を勤めました。
 その後、大正大学名誉教授の石上善應先生から、記念講話を約1時間伺いました。石上
先生は、神田寺とは長いご縁があり、青年会活動に参加された青年時代の思い出や、
研究活動での圓諦師との様々なエピソードなど、感慨深くお話しして下さいました。
 また、圓諦師の独仏留学時代の業績や仏教革新運動についてもふれられ、「圓諦先生
の業績は、今こそ再評価する必要がある」と、締めくくられました。講演後、歓談。
夕方、散会しました。


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