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  第99号 平成31年(2019年)3月1日発行





巻頭


ふるい立てよ  放逸に流るるなく

善くなさるべき  法を行(ぎょう)ずべし

法に従いて行ずる人は  この世においても  また

ほかの世においても  こころよき休(やす)らいをえん


                            (法句経 168)
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◇新:法句経講義57◇

<※「新・法句経講義」は、巻頭ページ掲載の法句経について解説しています。>

 人が生きるためには、目標が必要です。
 何となく生きている、というのは、「放逸」(ほういつ)なことです。放逸というのは、
わがまま勝手、ということです。
 生きるための目標を見つけるのは、大変なことです。簡単に見つかるわけでは
ありません。人によっては、すぐに見つかる人もいます。でも大抵は、散々迷い
苦しんで見つけるものです。
 目標が見つかっても、すぐに実現できるわけではありません。今の自分の力では、
とても無理と思えるかも知れません。お金がかかるかも知れません。
家族やまわりの人に反対されるかも知れません。
 でも、目標を持つことです。目標のある人生と、ない人生は違います。「法」
を行(ぎょう)じるというのは、お釈迦さまの教えを行なうということです。でも
それも、自分が納得したものでなくてはなりません。
 たった一度の自分の人生です。こうしたい、これで良かった、と思えるものに
したい。もちろん、そうならないかも知れません。でも、目標を持った人の人生は、
違ったものになるのです。

  叙 景    表紙を語る

春は、野歩き山歩きに最適な季節です。美しい緑、そしてほころび始めた花々
を見ながら、ゆっくりと歩きたい。冬の寒さにちぢこまった身体を、のびのびと
動かし、春の風を胸いっぱいに吸いこめば、新しい季節への意欲が自然とわいて
くるような気がします。
 子どもと一緒に近郊の山歩きをしていた頃、秩父の山の入り口で撮った一枚。
遠い家族の思い出です。

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 主管所感 >

子どもであるということ               友松 浩志

 子どもは、言うことを聞かないものである。子どもは、うるさく騒がしいものである。
もし、言うことをすべて聞く子どもがいたり、静かにじっとして動かない子どもがいたら
その方が問題である。
 子どもを虐待する事件が多発している。「しつけのため」といって、子どもを殴ったり
叩いたりする。食事を与えなかったり、風呂に入れなかったり、服を換えずに放っている
場合もある。ある学校で行なわれた連絡会に出て、そうした子どもの例があまりに多くて
びっくりした。いったい、何がおこっているのだろう。
 もちろん、過剰な通報もあるだろう。ちょっと怒鳴ると、通報される。通報の行き過ぎも
こまりものだが、危険なくらいの罵声や、暴力には対応しなければならない。子どもの
生命がかかっている。
 今さら「子を持って知る親の恩」などと言ったら、某大臣のように叱責されるだろうが
 「子を持っても知れない親の恩」の時代である。「俺が」「私が」や、「自分第一主義」
を貫く親には、子育ては無理である。子どもを持つと、自分のいく分かを割いて、自分を
使う覚悟が必要である。
 何故なら、子どもは「自分では生きていけない」存在だからだ。親にも子にももちろん
人権はあるが、親は自分だけで生きていける。子どもは、自分だけでは生きていけない。
子どもは、「附帯的存在」なのである。「附帯的存在」は、常に依存している。だから、
どんなに殴られても叩かれても、そこにいるのだ。好きでそこにいるのではない。そこに
いなければ、生きていけないから、そこにいるのだ。
 子どもは、言うことを聞かない。子どもは、うるさく騒がしい。それは、親を信じてい
るからだ。親に頼っているからだ。親を信じなくなった子どもは、何も言わないだろう。
何も言わず、だまって、生きることをやめるだろう。

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阿部明子先生 逝く
 ― 神田寺幼稚園の礎を築いて ―

 神田寺幼稚園の草創期に、教諭としてまた主任として12年余りご指導いただき、その
後は、東京家政大学などで後進の育成を長く続けてこられた阿部明子(あかし)先生が、
昨年2月28日に91歳で逝去されました。神田寺幼稚園の教職員にとって、常によき相談
相手となって下さった先生は、日本の保育界全体の先頭に立つ指導者でもおられました。
 神田寺幼稚園在職中に、日本女子大学大学院を修了された先生は、日本保育学会で
「園外保育」に関する研究で受賞され、その後は絵画表現や、絵本・紙芝居などの研究を
続けられました。
 先生の原点には、常に保育現場がありました。そのご遺志を受け継いで行きたいと思います。
※「子どもの文化」阿部先生追悼特集号ご希望の方はお申出下さい。(送料とも400円 後払可)


 △神田寺時代の先生(中央)

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仏教豆知識 77

 勧進

勧進(かんじん)には、2つの意味があります。ひとつは、人々を誘って仏さまの教えに導くこと。もうひとつは、寺社の造営、修復などのために財を求めることです。
 長野の善光寺は、元来は浄土信仰の寺院でしたが、長い歴史のなかで天台宗の寺院とも
なり、現在は天台宗の「大勧進」と浄土宗の「大本願」が管理しています。この大勧進も
教えに導くという意味で使われています。
 財を求める意味では「勧進帳」が有名です。源頼朝に追われた義経が、弁慶とともに、
安宅の関を通り抜ける時、東大寺再建のための勧進帳を取り出す場面は有名です。全国を
勧進のために歩くことが、よく行なわれていたことが分かります。




◆元旦の修正会に集う◆

  本年も、元日午後2時から、修正会(しゅしょうえ)を行ないました。
仏教聖歌を歌い、仏教勤行式をお唱えし、平成最後の年の平安を祈りました。
 主管の講話は「道」のお話。昨年末に訪れたインドのこともお話しされました。
法話のあと、記念撮影。その後、甘酒で歓談し新年の思いを語り合いました。
今年も日本ヨーガ学会の方がたくさん参加されました。


△ 修正会参加の皆さん

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