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  第93号 平成29年(2017年)31日発行





巻頭


身は寂(しずか)  語(ことば)も寂
心も寂にして  能(よ)く 定(じょう)に入れる
すでに世の財利(たから)を すてたる比丘は
寂静者といわる


                            (法句経 378)


◇新:法句経講義51◇

<※「新・法句経講義」は、巻頭ページ掲載の法句経について解説しています。>

 仏教が理想とするのは、「寂静」(じゃくじょう)の境地といわれます。静かである
こと、何ごとにもとらわれのない境地、それこそが、お釈迦様が長い修行の末に
たどりついた境地です。
 解脱(げだつ)とか、今話題の出家(しゅっけ)というのも、「寂静」に達するため
の方法です。「とらわれ」から自分を開放する、ということは、「もの」からも
「ひと」からも、「こと」からも、「おもい」からも開放することです。これは、
なかなか簡単なことではありません。「出家する」、「自由になる」と言って、
よりややこしい集団に入ってしまう例は、よくあることです。
 「とらわれない」ということに、「とらわれ」てしまう。「寂静」であること
に「とらわれ」てしまう。難しいことですが、その限りにおいては、本当の自由
も寂静もないのです。
 「本当の自由」、「本当の寂静」を得ることは、簡単ではありませんが、心の
目をひらいて、そこに近づくことはできます。仏様の教えに従って、毎日を修行
と心得て、小さな努力も惜しまないこと。「理想の境地」に近づく方法は、案外
近くにあることだと思います。


  叙 景    表紙写真を語る

  表紙に使用している写真は、折々に撮影した風景や草花です。自分勝手な思い
入れで表紙を飾ってきましたが、自分史のようなそんな思いを、しばらく記して
おこうかと思います。
 今号は、春の発行ですから「桜」です。千葉県・房総半島の真ん中、三島湖の
近くの谷をうめる桜です。静かで穏やかな房総の山なみのむこうに、シンとした
春の空が広がっています。透き通った、始まりの春です。  (友松浩志)



 主管所感 >

君の名は?       友松 浩志

「君の名は。」をみて感動した。アニメ映画で感動したのは、「風の谷のナウシカ」以来の
ことだった。どこに感動したかと言うと、話しに感動した。映像は、少し写真ッポク
て敬遠したが、話しが面白い。ふたりの主人公が時間を越えて入れ替わり、やがてお互い
の名前が問題になる。同じ題名(「。」なし)の映画も、「数寄屋橋」で会うの会わない
のといって、最後は名前が問題になった。お互いを記憶すること、お互いを認識する手段
としての名前。
 私の名前は「浩志」という。「ひろし」と読むが、「こうじ」と読む有名な歌手がいる
ので、たまに「こうじ」と読まれる。お坊さん読みでは「こうし」である。「浩」一字で
「ひろし」と読めるが、それに「志」がついたのは、戦争で二十歳で亡くなった叔父の名
が「浩」だったから。戦争から帰ってこない「ひろし」を家の中に復活し、祖母の嘆きを
少しでも和らげたい、という父の思いがこもっていた。つまり、代役である。
 名前というのは、符丁である。だから、違う名前だってよかっただろう。でも、名前が
あるからその人と認識できる。名前がなかったら、その人をどう位置づけるか。
 遠くに見える山の名前をあてるのを、山名(山座)同定という。富士山みたいに分かり
やすい山もあるが、遠くの山をあてるのは案外難しい。でも、名前が分かると、親しみが
わいてくる。植物も鳥も、名前を知れば親しみが増す。一人の名前も同じで、名前を知れば
親しくなるし、名前を呼ばれればうれしい。
 私は先天的に、人の名前を覚えるのが苦手で、すぐに忘れる。反対に、妻は人の名前を
覚えるのが得意で、すぐに友だちを作ってしまう。うらやましいと思う。とはいえ、年を
取って女性が一番はやく忘れるのが「夫の名前」で、夫が最後まで覚えているのが「妻の
名前」だそうだから、我々の場合、「君の名は」は、一体どういうことになってしまうのか、
末恐ろしいことである。

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    ◆前住職17回忌法要◆
         -友松諦道・前住職17回忌/友松美代・同内室33回忌-

    
                 △ 会堂で行われた法要

    先代住職・友松諦道師の17回忌および同師内室・友松美代氏の33回忌の
   法要が1月28日に神田寺会堂で行われました。
    法要は、浄土宗江東組西部のご住職方がお勤め下さり、神田寺総代、
   親戚等30名程が参加して下さいました。
    先代・諦道住職は、神田寺初代の圓諦師とともに、神田寺の創立と、
   神田寺幼稚園の設立に尽力されました。幼児教育で幼稚園の全国組織を
   まとめたり、保育者の養成など広く活躍されました。執筆された著作も多く、
   絵本なども残されています。
    友松美代氏は、昭和23年に諦道師と結婚され、神田寺と神田寺幼稚園の
   運営に尽力されました。特に経理面に精通されていましたが、茶道や華道なども
   よくされて、神田寺の文化的な側面を支えられました。
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仏教豆知識 71

 往生

 往生(おうじょう)とは、死ぬこと、亡くなることだと思われる方が多いかも知れません。
もともと往生には、生まれ変わる(輪廻転生:りんねてんしょう)という意味がありました。
それが浄土思想の発展とともに、極楽に生まれること(極楽往生)が強調され、死と結び
つきました。「往生ぎわが悪い」というのは、「死に方が悪い」という意味です。 一方で、
「この仕事には往生した」と言うことがあります。これは、「自分の手にはおえない仕事
だったので、阿弥陀様にお助け頂いた」という意味で、浄土教的には正しい使い方です。


元旦像正会に集う

 今年も、元日午後2時から像正会(しゅしょうえ)を行ないました。
仏教聖歌と勤行式を参加者が声を合わせ、新年の平安と安寧を祈念しました。
主管のお話は「見仏聞法」。正しくものを見、聞くことの大切さを説かれました。
 議話のあと、記念撮影。恒例の甘酒で歓談。新年の抱負を記入する発願録
(ほつがんろく)には、健康への願いを書く方が多かったようです。

    
                 △修正会参加の皆さん




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    (故 友松圓諦師書)
101-0021 東京都千代田区外神田3-4-10
電話 0332518683  FAX 0332518684
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